大岩3区 暗誦の会テキスト
出典 「走れメロス」 太宰 治
メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。
メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで
暮して来た。けれどもも邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。
きょう未明メロスは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此このシラクスの市に
やって来た。メロスには父も、母も無い。女房も無い。十六の、内気な妹と
二人暮しだ。この妹は、村の或る律気な一牧人を、近々、花婿として迎える
事になっていた。結婚式も間近かなのである。メロスは、それゆえ、花嫁の
衣裳やら祝宴の御馳走やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。先ず、
その品々を買い集め、それから都の大路をぶらぶら歩いた。メロスには
竹馬の友があった。セリヌンティウスである。今は此のシラクスの市で、
石工をしている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく
逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。歩いているうちに
メロスは、まちの様子を怪しく思った。ひっそりしている。もう既に日も落ちて、
まちの暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、
市全体が、やけに寂しい。のんきなメロスも、だんだん不安になって来た。
路で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、二年まえに此の市に
来たときは、夜でも皆が歌をうたって、まちは賑やかであった筈はずだが、
と質問した。若い衆は、首を振って答えなかった。
<読み方>
はしれめろす だざいおさむ
メロスはげきどした。かならず、かのじゃちぼうぎゃくのおうをのぞかなければならぬとけついした。
メロスにはせいじがわからぬ。メロスは、むらのぼくじんである。ふえをふき、ひつじとあそんで
くらしてきた。けれどもじゃあくにたいしては、ひといちばいにびんかんであった。きょうみめい
メロスはむらをしゅっぱつし、のをこえやまこえ、じゅうりはなれたこのシラクスのいちに
やってきた。メロスにはちちも、ははもない。にょうぼうもない。じゅうろくの、うちきないもうと
ふたりぐらしだ。このいもうとは、むらのあるりちぎないちぼくじんを、ちかぢか、はなむことしてむかえる
ことになっていた。けっこんしきもまぢかなのである。メロスは、それゆえ、はなよめの
いしょうやらしゅくえんのごちそうやらをかいに、はるばるいちにやってきたのだ。まず、
そのしなじなをかいあつめ、それからみやこのおうじをぶらぶらあるいた。メロスには
ちくばのともがあった。セリヌンティウスである。いまはこのシラクスのいちで、
いしくをしている。そのともを、これからたずねてみるつもりなのだ。ひさしく
あわなかったのだから、たずねていくのがたのしみである。あるいているうちに
メロスは、まちのようすをあやしくおもった。ひっそりしている。もうすでにひもおちて、
まちのくらいのはあたりまえだが、けれども、なんだか、よるのせいばかりではなく、
しぜんたいが、やけにさびしい。のんきなメロスも、だんだんふあんになってきた。
みちであったわかいしゅうをつかまえて、なにかあったのか、にねんまえにこのいちに
きたときは、よるでもみながうたをうたって、まちはにぎやかであったはずだが、
としつもんした。わかいしゅうは、くびをふってこたえなかった。
(722字)
<朗読参考例>